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福岡地方裁判所小倉支部 昭和39年(ワ)557号 判決

原告 中山酉蔵

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し一一万円及びこれに対する昭和三〇年三月六日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因を次のように述べた。

「一、福岡高等裁判所は、再審原告中山酉蔵再審被告日本国有鉄道間の昭和三八年(ム)第四号物件返還請求再審事件につき、再審原告は、昭和三八年四月一五日言渡された同裁判所の判決正本を翌一六日再審原告自ら受取つていることが明らかであるから、そのころ同判決正本を読んで、少くとも同判決に対する上告期間内には、再審原告の主張するいわゆる判断遺脱の点の存することを知つたものと解されるから、再審原告としては、右判決に対し上訴を提起してこれが是正を求むべきであるにかゝわらず、その挙に出なかつたために右判決は確定したので、右判決に判断遺脱あろうとする再審原告の申立は、すでにこの点において排斥を免れない、との理由で、原告の再審の訴を却下した。

二、そこで、原告は、右判決に対し上告の申立をなしたところ、最高裁判所第二小法廷(裁判長裁判官奥野健一、裁判官山田作之助、裁判官城戸芳彦、裁判官石田和外)は、上告人主張の再審事由に対する原判決の判断は相当であつて、原判決に所論のごとき違法は認められないから論旨は採用できない、との理由で、昭和三九年四月一〇日右上告を棄却した。

三、再審の訴は判決が確定しなければ訴えることができない。

にもかゝわらず、前記再審原判決がこの点を誤解し、上告して是正を求むべきであるにかゝわらずその挙にでず、判決が確定してしまつたのであるから、再審の申立は理由がない、とするのは法律の解釈を誤つた違法がある。

従つて、右判決を支持した前記最高裁判所判決は、国の公権力の違法な行使である。

なんとならば、裁判官の行う司法作用も、国の公権力の行使にあたるから、法律の解釈適用に誤謬があり違法とされるならば、その結果生じた損害は、国家賠償法の適用によつて救済を求められなければならないからである。

四、原告は、第二項に褐げる判決の結果、四九四万円の損害を蒙つた。

五、よつて、原告は、被告に対し、右損害金四九四万円のうち一一万円と、右金員に対する昭和三〇年三月六日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める」。

被告国指定代理人は、主文同旨の判決を求め、次のように答えた。

「一、原告の主張する請求原因事実のうち、第一、二項の事実を認めるが、その余の事実を否認する。

二、その前に、原告の本訴請求は、次に詳述する理由により、主張自体理由がないから、すみやかに棄却さるべきである。

即ち、本訴請求の理由とするところは、原告主張の訴訟事件を担当した最高裁判所第二小法廷を構成する四名の裁判官が、原告の上告を棄却したのは、国の公権力を違法に行使した不法行為であるというにある。

しかしながら、仮に原告主張のような事実があつたとしても、現行法制の下においては、司法権の作用としての裁判について所定の上訴手続による救済手続により救済を求める以外に、担当裁判官の行為が不法行為に当るとして、国家賠償法に基づき損害賠償を求めることは、裁判の独立、確定裁判の法的安定性を侵すことゝなり、裁判自体の存在理由に背反することになるので許さるべきでない。

よつて、原告の本訴請求は失当である。」

証拠〈省略〉

理由

国家賠償法は、第一条第一項において、国の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うにつき、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国がこれを賠償する責に任ずる、と規定する。

右にいう公権力の行使とは、国家統治権に基づく優越的意思の発動たる作用を指すから、裁判官の行う司法作用も当然その範囲に含まれる、と解する。

しかし、右のような解釈をとつたからといつて、そのことは直ちに、一旦確定力を生じた裁判が、再び別の裁判所の審査に服さなければならないことを意味するものではない。

何とならば、国家賠償法第一条第一項の違法とは、法のゆるさない法益の侵害を指すのであるから、訴訟法が、確定裁判に最終性を認めて事実認定の適否、法令の解釈適用の正否に対する主張を遮断する以上、そこには違法の問題を生ずる余地はなく、それでもなおかつ、国が確定裁判によつて生じた結果に責任を負うということは、訴訟法が一方では違法を認めないとしたことを、他方において違法とすることになつて、矛盾を来すからである。

従つて、確定裁判は、国家賠償法のいう違法性を生ずる余地はなく、その対象とならない、と解するのが相当である。

原告主張の最高裁判所第二小法延の判決が確定力を有することはいうまでもないから、原告の本訴請求は、その余の点につき判断を加えるまでもなく、失当たるを免れない。

なお、原告は福岡高等裁判所の判断を些か誤解しているようであるから、次のことを一言附加する。

訴訟の当事者が、再審事由に当る事由を知つていながら、それを理由に上訴しないか、あるいは上訴しても、その点を上訴の事由として主張しなかつた場合には、判決が確定してしまうと、その確定した判決に対し、同じ事由で再審の訴を起すことはできなくなる。このことは民訴第四二〇条但書に明記するところであつて、福岡高等裁判所はこの規定に基づき、原告は昭和三八年四月一五日言渡された同裁判所の判決正本を翌一六日に自ら受取つていることが明らかであるから、同判決に原告のいわゆる判断遺脱があつたとすれば、その時当然そのことを知つたものと解されるから、原告としては右判決に対し上告を提起して、原告の主張する判断遺脱の点の是正を求むべきであつたのに、それをしなかつたから、右に述べた規定の精神からして、再審事由とならない、としているのであつて、このことは原告のいうように判決の確定を待つ必要はない事柄である。

以上述べたところにより、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 田畑常彦)

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